★ 第7回 ★
1「桐壺」8桐壺帝の勅使 靫負命婦、桐壺更衣なきあとその母君を訪れ、共に故人を 偲ぶ <命婦>「上もしかなん(主上もあなた母君と同じように悲しんでいらっしゃいますよ)。『わが 御心ながら、あながちに(一途に)人目驚くばかり思されしも(いとしくてならなかったのも)、 長かるまじき(更衣との仲だったからなのか)なりけりと、今はつらかりける人の契(因縁) りになん。世に、いささかも人の心をまげたること(他人の気持ちをそこねるようなこと)は あらじと思ふを、ただこの人のゆゑにて(この人のために)、あまたさるまじき人の恨み(受け ずともよい)を負ひしはてはては(そのあげくに)、かううち棄てられて(後に残されて)、心 をさめむ方なきに、いとど人わろうかたくなになりはつるも(自分がますますみっともない愚 か者になってしまったにつけても)、前の世ゆかしうなむ』と、うち返しつつ、御しほたれがち (涙にひたってばかり)にのみおはします」と語りて尽きせず。 2「夕顔」10 源氏、中秋の夜、夕顔の家に宿る。夕顔は頼りどころのない自分の境涯を 嘆いて 前の世の契り知らるる身のうさに 行く末かねて頼みがたさよ (前世の因縁の思い知られる身の上のつらさを思いますと、これから先のことはと ても頼みがとうございます。) 3「葵」娘葵死去の後、源氏も去って左大臣家の寂寥さらに深まる <左大臣>「言ふかひなきこと(娘の死去)をばさるものにて(それはさておいても)、かかる悲 しきたぐひ世になくやは、と思ひなし(あきらめをつけては)つつ、(むすめは)契り長からでか く(親の)心をまどはすべく(定め)てこそはありけめと、かへりてはつらく前の世を思ひやり つつ(恨めしく思っては)なむ(悲しみを)覚ましはべるを、ただ日ごろに添へて恋しさのたへ がたきと、この大将の君の、今はと他人になりたまはむなん、飽かずいみじく思ひたまへらるる。 (これまでも葵の上の在世中、訪問が間遠だったこと)一日二日も見えたまはず、離れ離れにお はせしをだに飽かず胸いたく思ひはべりしを、朝夕の光(源氏)失ひては、いかでか永らふべか らん」 4「須磨」18 須磨の源氏、流ざんの思いに嘆きわびる かの御住まひには、久しくなるままに、え念じ過ぐすまじうおぼえたまへど、わが身だにあさま しき宿世(この自分さえ信じがたい運命)とおぼゆる住まひに、いかでかは(紫の上を)うち具 しては(連れてこれようか、いや、これない)、つきなからむ(そぐわない境遇)さまを思ひ返し たまふ。 5「明石」12 源氏、入道に娘への手引きを促す。入道の娘や親たち思案にくれる。 親たちは、ここらの年ごろの祈りのかなふべきを思ひながら、ゆくりかに(思いがけないこと が突然起こった感じ、ここでは不用意に。娘を源氏に)見せたてまつりて思し数まへざらん時 (にし人並みに扱っていただけないようなことになったら)、いかなる嘆きをかせんと(これか ら前のことを)思ひやるに、ゆゆしくて、めでたき人と聞こゆとも(どんなに源氏が立派なお 方とはもうしても、そんなことになったら)、つらういみじうも(たいへん恨めしく悲しい)あ るべきかな、目に見えぬ仏神を頼みたてまつりて、人の御心(源氏のお心)をも宿世(娘の運 命−一般に結婚の相手は前世からの宿縁によるとの考えがあった。『落窪物語』巻二 四の君の 不幸せな結婚について、父中納言のせりふ)をも知らでなど、うち返し思ひ乱れたり。君は、 <源氏>「このごろの波の音にかの物の音(明石の君の琴の音)を聞かばや。さらずはかひなく こそ(こんなよい季節に聞かなくては)」 など常はのたまふ。
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